永遠など無いと。




永遠ではないのだと、その子供は知っていた。
与えられる幸福。
柔らかな眼差しも、抱き寄せるその腕も。
ある日突然、まるで何でも無い事のように。
消えてしまうのだと。
失われてしまうのだと。
その子供は、その幼い魂に、ごく当たり前の事として
深く強く、刻み込んでいた。

差し出すその腕に。
見上げる視線に、その笑顔に。
今、この時を逃しては、伝える機会を失うかもしれないと
必死の思いを込めてくる。

甘えるにも懐くにも、全身全霊をかけて。
表情に、その声に、愛していると思いを込めて。





必死になって縋るのは・・・。
永遠などないと知っているから。





泣くだろうか。恨まれるだろうか。
こんな風に、置き去りにしては。
裏切られたと、思うだろうか。

その思いを、その執着を、真っ直ぐなその愛慕の情を
他へ向けさせる方法を、彼は知らない。







切り捨てるのではないと、どれほど思っていたとしても。
親を失い、養父母を失い。
その上お師匠さんにまで何も告げずに置き去りにされては
余りにも不憫だと 良くしてくれた婦人は泣くけれど。
子供はいずれ親を置いて巣立っていく。
それまでは自然に任せてやれば良いと
人の良い肉屋の主人は言うけれど。






あれは、我が子ではないのです、フラウ・ヘルガ。






苦笑を浮かべながら、諭すように。
その穏やかな声に。含まれる優しさに。
不振気に視線を上げる婦人は
ブロッケンJrの頷く笑顔をみる。





あれは、どうしても、どうやっても弟子でしかない。
親子のような繋がりを、期待する事は出来ません。
我々の関係は師弟でしかない。
良くも悪くも、師弟でしかないんです。
それ以上には成り得ない。





血の繋がりを言うつもりは無い。
そんな物で全てを片付けられるとは思っていない。





それでも。





出会い方がある。
過ごしてきた日々がある。
接してきた方法がある。

親子ならば。
ただ親子であったなら、その日は自然に訪れたかもしれない。
その日を迎えても、変わらぬ何かを、持てていたかもしれない。

けれど自分とあの子の関係は、親子ではないのだ。
親子のような絆では、結ばれては居ないのだ。
だから仕方が無い。
そうするより、他に無い。





今がその時か、と聞かれれば、
正直自信がありません。フラウ・ヘルガ。





穏やかに微笑みながら、ブロッケンJrはけれど、
決してその決意を変えようとはしない。

今ならば、周りはあの子を見てくれる。
あの子の側に居てくれる。
あの子と共に 上を目指す仲間に成り得る。





だから。
委ねて身を引くなら、今だと判断しました。





分からない、と婦人は大きくかぶりを振った。

親子以上に親子らしいと、
あんた達の絆はそんなに軟な物ではないと
更に言い募ろうとする婦人に
ブロッケンJrは静かに頷く。





そうですフラウ・ヘルガ。
だからこそ。
そんな軟な物ではないからこそ。





切ってやらねば、その日は自然には来ないのです。





続ける言葉が、見つからないのか。
婦人は口を開いたまま、
目を見開いて、けれど。

何を言えば良いのか。
どう言えば良いのか。


見上げる彼の人は、軟らかく微笑んで。
その微笑みは、どれ程のものを飲み込んで
そうして形作られているのか。

分からないけれど。
分からないからこそ。

それ以上、言い募る言葉を
結局彼らは見つけ出せず。

彼の人を 引き止められる者も無く。






覚悟を、あの子供は持っていた。
差し出す腕に、名を呼ぶ声に。

今伝えなければ、永遠にその時を失うと
悔いの無いように。思い残しの無いように。
生一杯を生きてきた。






だからきっと、大丈夫だと。






乗り越えられると、信じてやるのだと。















彼の人は知らない。
痛みを知る子供の、痛みゆえの歪みを。
他人をねたむ事を知らず
他者の幸福を願う事をやめず。

力はただ世界の幸福の為に。
掲げられた正義の為に。
力ない人々の平和の為に。

そう胸を張る子供は
その言葉に頷き、微笑む師の姿のみを求めている。

世界の為に。
平和の為に。
力を求め、高みを目指す。

褒めて欲しくて。
笑って欲しくて。
ただ必要だと思われたくて。

力は既に目的ではなく。
勝利は全て仮の人の為に。







互いに互いを思いながら。





たった一歩。




人一人のその質量の分だけ。
同じ場所に立ち、同じ方向を見上げ
同じものを目指しながら。



彼らの世界は
けれど決して重ならない。







たった一歩。
たった一人のその分だけ。






世界は、これ程色をたがえ
思いはこれ程すれ違う。




この一歩を埋められる物など無く。




思うだけ思われながら





思うようには思われない。











それは誰の罪でもなく。










永遠など 無いのだと。








-------------------------------------2004/08/27
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